ふつうじゃなくても生きられるか

病んでる日記・ASDで双極性障害の人が日々考えること

パッと見にはわからない

暑さに唸りながらも睡眠時間はたっぷりとってなんとか月曜日スタート

メンタルは絶不調である

正直事業所行くのをサボろうかと思った

それでも今日行かなければ一週間仕事ができなくて、一週間分の給料が消えてしまうので渋々向かう

担当者さんが「ここのところ調子がよさそうですね」と言ってくる

それは提出している日誌を見て言ってるのか、毎週月曜日に会う私の姿を見て言ってるのか不明だが、正直今日は調子が悪かったぞ

ここで言わなければ誤解されたままだと思い、昨日くらいからメンタルがびゃーんって感じですよと言ってみる

メンタルがびゃーんとはなんなのか、我ながら意味不明な言葉遣いである

あまり良い意味ではないというのは伝わったらしいが、今度は「パッと見ただけじゃわからないですね、外に出さないようにしています?」と言われた

それでもう疲れた

こういうところが自分で自分の首を絞めることになっているんだろうなとは思う

 

出さないようにはしていると答えた

出さないようにしなければ人の形を保って事業所には行けなかった

そういうことはしょっちゅう起こる、どこへ行っても起こる

相手のことを信用していなければ、気を張って張りつめて弱っているところを見せないようにする

それで体裁を繕ってしまえるから始末に負えない

なんとかなってる間はいいけど、張っている糸は突然ぷっつり切れて、もうできないとなる

それで仕事やめるとか、友だちづきあいやめるとか、ガーってぶっ壊すんだよ

主治医が「しんどいのを小出しにできないから極端なことをする」っていうのは本当によく言い当ててると思う

少しは改善する努力をせねばならんのかと考えたりもするけど、できないものはできないと受け入れて極端なことをするのが自分じゃね?と受け入れるかとも思う

 

パッと見にはわかんないのかあとね、改めて思ったんです

自転車漕ぐのもつらくて、駐輪場から事業所まで歩くのも気が重くて、担当者さんと話しているときも何を言葉にすればいいんだろうっていつもより頭が回っていなかったけど、見た目にはわからないらしい

そんなもんかもしれないけど、今後の働き方を考えてるときにこういうことが起こると憂鬱になってしまう

結局、どこへ行っても極端なことをするまで誰にもわからないってことになるのではないかと思うし、多分それは杞憂にはならない

心理士さんには叱られそうだけどね

そうだ、明日は電車が通常通り動くか怪しくて、それもあって気が塞いでいるのかもしれない