ふつうじゃなくても生きられるか

病んでる日記・ASDで双極性障害の人が日々考えること

最悪を極めたから割り切れた?

診察日

午前中、仕事は繁忙期である

出社すると先輩がげんなりとした顔をしており、今日もがんばりましょうと声をかけてくれた

つまり申請量が多いのである

しばらく繁忙期のなかではそんなにという量で落ち着いていたが(それでも閑散期のマックスぐらいある)ここにきて急に増え始めた

上司は皆さん申請するのを忘れていて急に思い出したんじゃないかと冗談を飛ばす

チームみんなの対応力が上がっておりそこそこの量が来ても余裕をもってさばけてしまう

あとは上司と先輩だけが行っている作業の負担が増えてしまうのがネックだが、まだ私はそこまでの権限はもっておらず力になれず申し訳ない

申し訳ないと言ったってできないものはできないので、自分ができることを淡々とするのみ

まだ入社して4カ月目ですからね、欲張ったらいけない

 

午後半休で帰ってスタバで心理士さんと主治医へ渡す手紙を書く

昼ごはんを食べたくなくて、ゼンクラウドウーロンティーラテ(ノンシロップ・ソイミルク変更)グランデを飲むことにした

このカスタムがお気に入りだし食べたくないときのエネルギー源になる

温かいラテは強い

 

一昨日頓服むちゃくちゃをやったことを昨日職場で白状したら、なんと病院へ連絡がいく事態となっており、愚行は心理士さんも主治医も知っていた

心理士さんは行為自体をどうこう言うことはなくて、職場で話したことは「良い本音の出し方」と言っていた

本音と建前の話の続きみたいなもんである

会社用の自分がいることはある意味自然なことで、ただその自分しか出せなくなるとつらくなるから、たまに本音を出していけばいいんじゃないかということらしい

その本音が頓服むちゃくちゃをやってしまったみたいなことで良いと

たまたま今回は翌日に影響なく仕事もできたけど、低血圧が長引いて立ち眩みを起こすとかあり得る話だし、職場側も体調面にも変化が起こる可能性があるということは把握しておくべきだそうで

頓服むちゃくちゃをやるようなメンタルであったり極端な思考であったりも、本当の自分だし小出しにできたらいいみたい

たまに本音を出してやっていこうと言ってくれた

 

会社用の自分がいることに対して過度に不安になっているのは、その自分を出しているときは無理をしているときって経験で知っているからだ

無理は多少はするもんだけど、多少じゃない感が否めなくて怖い

まあでも今は心理士さんも主治医もいるし、会社も理解しようとしてくれるところだし、以前とまったく同じことにはならないかもしれない

あんまり怖がって悪いほうに自己暗示をかけるのはよくないだろうから、会社用の自分にはがんばってもらいつつ、本当の自分の気持ちも観察してたまには職場でも出していけばバランスが取れるのかな

 

主治医は頓服むちゃくちゃをやんわりと叱ってくれた

どういう気持ちでやったのかと訊かれて、気を失いたかったと答えたら、気を失ってどうなりたかったのかとさらに質問されて、なんでだろうと考えた

死にたかったわけではない、今回は

気を失ってぜんぶ終わりになってたらいいと思った

と答えたら、ぜんぶリセットしたかったの?と主治医が言ってくれて、なんでわかるんだろうとびっくりしたよ

仕事に行くのがつらくなってたから、就職したことがなかったことになればいいと思ったんだろうね

もはや他人事みたいに書いてるけど、そうとしか思えない

 

そのあと吹っ切れたことも理由を訊かれて考えたけど、多分最悪を極めたからだと思うと言ってみた

手首は切るし、食べるものは偏って太るし、しまいには頓服むちゃくちゃもやるし、落ちたときにする行動はぜんぶ出たって感じ

ぜんぶ出て最後に頓服むちゃくちゃをやって、やっぱり望む結果にはならなくて吹っ切れたというか割り切ったというか諦めたというか

やるしかないんだなあと思ったんだな

最悪を極めないとスイッチを入れ替えられないのが残念だし、多方面に心配をかけすぎるのだけど、どうにも極端人間はそれくらいしないといけないっぽい

それが自分なんだなと思うようになったのは成長かな

 

手首の傷が限界なので痛覚を刺激する代替案を考えなければならない、しかもバリエーションをつけて

氷を握るというのは主治医の案

自分で思いついたのは強炭酸の一気飲み

なんか他にないかなあ

痛いところがないと正気を保っていられないのは変わらずですが、これもきっとずっと続くわけじゃないはずなので、今はそういう時期と受け入れていく