ふつうじゃなくても生きられるか

病んでる日記・ASDで双極性障害の人が日々考えること

フェードアウトしたい

朝になればヨガをして洗濯をして朝食を摂り、メイクと着替えを済ませて会社に行くのである

前日どんなに落ち込んでも、食べるのがうまくいかないから仕事やめたいと思っても、なにかの渦に巻き込まれているかのごとく会社に行くモードからは逃れられない

職場にいれば元気なふりをするし、辞めたいとどこかで思っているような素振りなど見せないし、どんどん会社用の自分が独立性を増している感がある

家にいる素の自分とは完全に別の人で、コントロールできるわけもなくて、それが怖い

素の自分と会社用の自分が完全一致するほうが怖くてあり得ないことは理解しているつもり

どれくらいの人がそうなのかはわからないけど、職場では別人というほうがやりやすいと感じる人もいるだろうと思う

別人レベルの違いなのかな

割り切ってるかどうかなんだろうか

 

自分の中に何人か人格がいることは怖くないのに会社用の自分が独立して存在することは怖いっていうのが不思議ではある

会社で振る舞うということは、他人と関わることに繋がるから怖いんだろうか

別人のやらかしを素の自分が観察して省みてそれに耐えていかなきゃならないから?

やらかしって大ポカとかじゃなくて、仕事がんばりますという態度でやることとか、本気でもないことを上っ面で言ったりすることである

それが多分社会でやっていくために必要なことなんだろうとうっすらとはわかる

別人を作れるようになったのはある種のスキルを身につけたってことだろうし、幼少期からしんどいながらも学校やら職場やらで揉まれた甲斐はあるんじゃないのか

ただそれを受け入れられない、割り切れないというのが未熟な面で、人より時間がかかるのかもしれないし、どうやったってその部分は変えられないのかもしれないし、なんにせよ心のチグハグ感に繋がっていてストレスになる

会社でそれなりにやっていける術を持ちながら、それをストレスに感じるってなんか贅沢な悩みだよな

シャッと割り切ればいいのになんでこうも許せないのか

本音と建前の使い分けが納得できてないことに起因するのか

 

他人と関わって、ええかっこしいの自分で、仕事を続ける前提で物事を進めていることが怖い

冬場の危うい状況に比べたら落ち着いたものの、疲れたら死にたいと言うしうまくいかなければ死ぬかと思うし、そんな素の自分がいるにも関わらず他人には仕事を続ける約束をしているなんて信じられるか?

逃げ道が塞がれてる感じがして怖くなるのかな

どこかに腰を据えて長くがんばろうというつもりはさらさらなくて、いつでも簡単に逃げ出せる身軽な状態でいたいっていうのが本音の本音だわな

甘えと言われても構わない

生きている、生きていくというのがいまだに自分がすべきこととして納得できていないのである

 

またリセット癖が出そう

静かにフェードアウトしていなくなりたい

こういうことになることは冷静に考えればわかってたはずなのに、働くしかないと脅かされたらやるしかなかったなー

後悔したって遅くてチグハグ感を耐えながら少しずつ受け入れられるようになるのか、やっぱりこの部分はどうしても許せなくて心が壊れていくのか、どっちかじゃない?

食の問題って根っこではここに繋がっていそうで主治医には話してくるべきなのかも

 

臨時だけど自ら希望したんだから、診察がんばって行ってくれよ