ふつうじゃなくても生きられるか

病んでる日記・ASDで双極性障害の人が日々考えること

完璧じゃない自分が悔しい

状況を把握する能力やおかしいことに気づく能力と、それらを他人に角を立てずに伝える能力が釣り合っていない

わかるのにじょうずに伝えられなくて損をする

どうしてこうなんだと自分に苛立つ

 

総合的な能力で言えば周りの人は自分より下かもしれない

だけど自分がなんでもできるわけじゃない

伝える能力は劣っているし、本音と建前を使い分けるのもぜんぜんできない

自分が完璧じゃないと知っているから謙虚でいたい

それでもおかしいと思うことを黙っておけない

伝え方が下手過ぎて自分にがっかりする

 

傲慢になっている気がする

極端な考えで視野を狭めている

そこまでわかるのに脱出できない

完璧じゃない自分が悔しくて泣いた日

岡山県人、心の叫び

妹と会う予定だったのに昼を過ぎても連絡が来ず、チクチク編み物をしていた

 

14時頃「10分前に起きた」と連絡が来た

 

妹は時間管理がゆるい

 

そこから私の家のほうに来てくれて、18時過ぎまでいろいろ話した(主に実家での愚痴)

 

そんなわけでいつものリズムで過ごせなかった

 

ブログも短めで終わります

 

最後に一言

 

私はマスカットオブアレキサンドリアが好きだ

 

シャインマスカットに負けないで…

解放された!

昨日が大きな転換点だったみたい

診察と面談で自分なりに摂食障害のことを受け入れたからかな

お風呂に入っていたら急にバチンとスイッチが切り替わった

食べるものの方針が決まったのだ

あんまり食べられないモードのなかでも、これだけは食べようというものを見つけられてスッキリした

一回決めてしまえばそれに従うのみなので非常にラク

食事の悩みからの解放である

やったー

 

仕事では早速(?)理不尽なことがあった

うまく文章にできないから詳細を書けないけど

大人の処世術ってやつかな、それが許せないなと思った

許せないから自分はしない

だからいちいち壁にぶつかったり、人とぶつかったりするのだよね

自分からちょっと離れてそういう分析ができるのは、落ち着いてる証拠

許せなくてモヤモヤしたけど今はもう大丈夫

 

10月の目標は体調管理です

がんばります

明日の休みを楽しむぞ

摂食障害の思うつぼ

診察日

今日は主治医に食べることについて話した

話しながら思ったのは食べてないことを悩んでいるよりかは、食べないことで精神的に悪影響が出ていることのほうが困っているということ

仕事中は平気でむしろ元気に働いていて、夜になると人間のふりをやめたいくらいしんどくなる

この差がだんだん激しくなってきていて、経験上これが長く続くと脳がシャットダウンして使い物にならなくなる

その前になんとか手を打つべきだけど、なにが有効なのかさっぱりわからん

主治医は仕事モードに切り替えられるのはすごいことだねと言っていたけど、自分からしたら人格の入れ替えみたいなものだからなにがすごいんだろうと思う

人格の入れ替えがふつうじゃないか、そんな気がする

なにも解決はしてないけど、主治医に現状やばいですと伝えられたからいいやと思える

 

摂食障害の思うつぼというのは今日の心理士さんの名言です

今週はブログにも書いていた通り食べることに関してかなり考えて悩んでいた

そのこと自体が摂食障害の思うつぼだと心理士さんは言った

自分も思ってたからやっぱりそうなのかって感じ

食べる・食べない、何なら食べられるか、食べてないからメンタル死んでるとか、そういうことで思考が支配されているのは、まさに摂食障害そのものじゃんと思ってた

14歳で摂食障害になって、それからずっと影響が強まったり弱まったりしながら生きてきた

痩せていることと体重へのこだわり、認知の歪みが矯正されない限り終わらない

もうそこまでわかってる

わかってるし、どうすれば健康的な生活ができるかも知ってる

なのにできないから年々こじらせていっているなあと思う

しかしこれはASDの特性も作用していて自力ではどうにもならんから、受け入れたほうがいいなと思えた

健康的ではないし、体重に一喜一憂したり、食べないまま動いたり、そういうのぜんぶ自分で、そうでしか生きられないんだよ

また食べることで悩んでたら「摂食障害の思うつぼになってるな」と思ってください

 

心理士さんは私の調子を乱すと思っているのか摂食障害に触れるのをすごく怖がっているので、今日は仕事の話をしたり私が最近謎に思っている人間の生態について話したりした

食べることで頭がいっぱいになるよりかは、ぜんぜん違う話をするほうが心にいいなと思った

極端な思考に走るのはよくないけど、不思議なことや変だなと思うことを考えるのはいいよと教えてもらった

職場の理不尽とかエラーとかも自分ならこうするのにってことを書き留めておくと、上の立場になったときに使えるって

ネガティブなことからもなにか生み出せるんだと知った

 

昨日はめんどうに感じていたけど、行ってみたら診察も面談も成果があった

よろしいよろしい

明日もがんばろ

9月終わったのが嬉しい

昨夜はブログを書いたあとエネルギーが完全に切れて、絶対になにか食べないとやばい状態になった

買い物に行く力も残ってなくてピザのデリバリーを頼んで食べた

食べたけどおいしいとかまずいとかも感じなくて、ただのカロリー摂取になった

あんまり食べてなかったのにいきなりピザはよくなかったと思う

今日はずっと調子が悪かった

 

9月が終わって無性に嬉しい

仕事でも自分のなかでも嫌なことがあった1か月だったから区切りがついた気がするのかも

明日から急に元気になるはずはないけど、モヤモヤから脱却するきっかけになるんじゃないかな

カレンダーのページが変わると視覚から新しい日々って感じを受ける

それが効果的なのかな

 

今週の半ばは早く土曜日が来たらいいのにと思っていたくせに、いざ前日になってみたら診察に行くのがめんどうに感じる

人間のふりをやめたいくらい調子がよくないから、正直に話をするのが怖いんだろうな

薬がないのは困るからがんばるつもりではある

自分も皆さんも9月お疲れ様でした

人間のふりをやめたい

ダンスが好きです

自分が踊るのも上手な人の踊りを見るのも好き


www.youtube.com

ITZYは妹に教えてもらってから好きになってよく見ていたんだけど、これはかなりいい

無理に日本語で歌わなくても~とか日本デビューのときは思ったが、今回のは歌詞も楽曲もダンスもびしっとはまっていてかっこいいです

かっこいいものを見ることはエネルギーの源になる

 

まったく話が変わるけど、うつっぽくなってきたら人間のふりをやめたいなと感じ始める

うつっぽいという表現が合っているのかそもそもわからないけど、とにかく調子が悪くなってきたサインではある

昨夜、ストレッチをしていたらふっと「あー人間のふりやめてえな」と思った

人間のふりってなんだって話をすると、多分正確に言うと”社会に適合できる人間のふり”かな

自分が大多数の人のようには社会で生きられないのはもう体感済みで、だけど幼稚園の頃から20代後半までずっと人間のふりをして生きてきたから、人と関わるところにいると自動的に仮面をかぶるモードを発動してるみたい

 

人間のふりをやめてどうしたいのか

どうしたいんだろう

引きこもりたいのかな

自堕落な生活がしたいわけではない

自分の決めた日々のルーティンを誰にも邪魔されることなく遂行するのが理想

今もほぼそうだけど、仕事という外部からの制約が大きいから完全に自分のペースというわけにいかない

 

いや、なんか疲れてるだけだわ

エネルギーがちゃんと充填されてたら人間のふりするのもそこまでつらくない

しっかり栄養摂ってよく休めば済む話なんだ

それができないから困ってる

自分は心の底から納得しないと動けないものだから、正解がわかってても行動に移せないことって多々ある

自分の首を絞めることになってもなかなか変われないのだよ

 

あんまりくよくよしてもどうにもならんから、推し見て元気だそう

明日仕事行ったら連勤終わりだ

今日も歩いた

仕事から帰って洗濯を済ませたらなんだか家にいるのが嫌になって歩きに行った

近くの市立図書館へ行くにはどれくらいかかるかという実験を目的に歩いた

あてどない散歩というのは私にはだめだから目的地を決めるといい

片道25分くらいだった

街中を歩くと信号がたくさんあるから距離より時間がかかった印象

速く着くことを目的にしているわけではないからいいか

よく動いたから今日は眠れるといいな

 

私が診察で休む日に仕事がいつも大変らしくて、なにかできることはないかと考えてた

でも診察の曜日を変えるのは難しくてどうしようもないかもしれない

一応支援員のNさんに相談したら、今は曜日を変えなくていいと言われた

いろいろ気にしてくださってありがとうございますと言ってもらったけど、ただの気にしすぎだから逆に申し訳ない

人によったら気にしすぎなのも、「よく気が付く」と表現してもらえるんだとわかった

自分の思考だけではわからないことがたくさんあって、苦手だけど人と関わるのも新しい視点を手にするきっかけになるな

一年前の自分では考えられないことをしている今

生きてたらなにがあるかわからんもんだ